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「技術」って大事

最近、国語力アップの勉強を始めてみました。

少しづつですが、国語が超~~苦手だった私でも

国語力上がりそう~なって思ってます~!!

ちなみに、学生の時に国語で1回

「2」を

とった痛い経験がありますのよ。

でも、国語アップのカギを見つけました。

それは

国語の「技術なんです。

例えば、

文章ひとつでも、

どうでもよいような内容でも、

面白く、相手が読みやすく書く人と

いい事書いてるのに、なんか面白くなく読みにくい文章の人や

同じような内容を話すのに

わかりにくい人と

話す道順が上手でわかりやすい人って

いるじゃないですか。

で、そういう事が上手な人って

子供の時に本をよく読んだ習慣がある人だからとか、

(私、テレビっ子だったし・・・)

文章を読み取るセンスの問題と思っていたり、

(どうやって読みとるのさ・・・???)

だから

もともと国語が苦手な私は

無理かあ・・・なんてあきらめてました。

国語って、作者の気持ちになって考えなさいとか

うううう・・・・そういわれても・・・・

センスの問題・・・なのか・・・と

国語力のセンスアップの方法がわかわん

かったんですよ。

しかし~~~~~

国語はセンスの問題でなく、

今までの国語の教え方が間違っていた

国語は論理思考の「技術」であるという内容の本があってね。

「技術、技術、技術・・・」この単語に魅力を感じ読んでみたら

「簡単、できそう・・・」そんな心の声がしたとです。

そう「技術」にできたら

人が応用・活用しやすいでんですよね。

例えば

農業も、水田いう技術、どのタイミングに、どこに、何の

種を蒔くのかという技術・・・・それによって農業の収穫がものすごく

ふえたり

産業・工業も技術によって大量生産ができ

こんなに便利な世の中に。

つまり、技術化は、皆との共有、進化に重要なんだと

思いました。

そう、だらかね、

観術は今まで、抽象的で曖昧であった

無意識や心の世界を、

イメージして・言語で語れるようにして

心がワクワクになる「技術」になっているんですよね。

技術だから、誰でも心・無意識を理解できて

使う事ができるんですね。

ペタしてね